先日あるCMを観て「 あなたにとって走る意味とは?」という記事を書きました。
俺は何のために走るのか?
何ものにも負けないためか?
声援に応えるためか?
自分に打ち勝つためか?
いや、こたえなんて、ないかもしれない。
(そこで突っ込みが入ります)痩せるためでしょ
あっ、スイマセン
と、いうやりとりでした。
2ヶ月ほど前の新聞の社説で「人はなぜ走るのか」というタイトルで記事になっていました。
名古屋ウィメンズマラソンが開催された日の記事になります。
『マラソンは苦しい』というものから、『楽しみながら走るスポーツ』に変わりつつあるようです。
その要因としては、時間的ハードルが低くなったことがあると書いてあります。
確かに東京マラソンや名古屋ウィメンズの大きな大会は制限時間7時間となっています。
これなら挑戦してみようという人も増えるはずです。
また、コースの大部分は車道で、大都市となると普段通れない道を走ります。
そういった非日常的な光景も新鮮に思えます。
走っていると沿道からの応援を受けます。走っているとその沿道の声援がパワーとなって前に進む原動力になります。
誰もが走っていて足が痛くなったり、もう走るのを止めようと思うこともありますが、その苦しさを乗り越えた先に見えるものあります。
そして、走りきったとき、それは何にも代え難い自信や達成感をもたらすのではないでしょうか。
よくマラソンは人生と同じと例えられますが、マラソンは同じコースで同じゴールを目指します。
人生には同じコース、同じゴールはありません。
マラソンも人生も「きょう」が最終ゴールではありません。明日に向かって、楽しみながら走って行こうではありませんか。
と、要約するとそんなような内容の文章になっています。
確かに、マラソンを走ると沿道の声援からパワーをもらいます。
マラソン大会は非日常的な行事で、私はマラソン大会は祭りだと感じています。
そして走っている時、特に辛いときですが、どうして自分は走っているのだろうと自問自答しながら、それでも走り続ける自分がいます。
ホント一歩一歩前に進むとはこのことと実感します。
この一歩は小さな一歩だけど、それが積み重なることでフィニッシュのゴールゲートに到着することができます。
これは長野マラソンで友人とゴールしたシーンです。
大の大人が手をつないで、客観的には恥ずかしい写真ですが、2人ともうれしそうです。
そうしたゴールした時の達成感は何ものにも代え難い感動として自分に返ってきます。
これは実際に体験した人しかわからないと思いますが、マラソン大会にはそんな魅力があり、それを忘れることができないからまた大会にエントリーしているのだと思います。
『明日に向かって、楽しみながら走って行こう』というのも、本ブログタイトル「としちゃんの楽し走!」にも含まれています。
と、今回は真面目に語ってしまいましたが、本当は走り終わった後のビールのおいしさが忘れないから走っているのが、走っているが大きな理由のひとつです。
これからも、おいしいビールを飲むために走り続けるぞー!



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